第101回:「わたしがサンライズに入社後最初の仕事が、ミスター味っ子でした」
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読者の皆さまに心をこめてお届けしました。
読んでくださった方々、いかがだったでしょうか?楽しんでもらえたら幸いです。
感想を待っております。
さて、今回から「ふるさとPアニメ道」に戻ります。
サンライズ制作進行時代、最初に手掛けた作品は「ミスター味っ子」です。
スタジオ・ジブリを辞めてから、バイト生活をしていました。※第26話参照。
そんなタイミングに、日本アニメーション時代の後輩から連絡がきたのです。後輩は、日本アニメーションを辞めてサンライズで制作をやっていました。そして、制作進行大募集していることを教えてくれたのです。
内容は、サンライズでこの秋放送の新作アニメが動くが、その班に制作進行が誰もいないので仕事していないなら来て欲しいとのことでした。
そこで、教えてもらった電話番号に電話をしました。
1987年5月末頃、当時プロデューサーだった吉井(孝幸)さんに会って面接をしました。
上井草駅の前にある喫茶店「セピア」で、色々お話をして、そして「いつから来れる?」と言われました。
わたしは逡巡してから「可能なら青森県にいる両親に会って、将来のこと話し合ってきたいのです。そして、スッキリしてアニメ業界に戻ってきたいと思います」と伝えました。
そうなのです。スタジオ・ジブリで「天空の城ラピュタ」が終わったあと、わたしはアニメ業界で仕事をやるか?それとも他の業界に行くか?と悩んでいたのです。
そして、数ヶ月悩んだ結果、アニメ業界できちんと仕事をやり遂げたいと考えたのです。
だから、そのことをきちんと両親に伝えたかったのです。
でも、両親はいつか青森県に帰ってくると思っていたので、がっかりさせてしまうのもわかっていたのです。
だから、6月に帰省し3週間くらいの長い時間故郷で過ごしました。
でも、この時間は、わたしにとって、親元に帰らないと言う決意の時間でもありました。
父母は悲しかったと思います。
いまでも、このときのこと思いだします。
すでに、両親共に他界していますが、両親が心のなかで泣いていたんだよな、と、思うとなんて親不孝だと考えてしまいます。
高校3年生卒業後、3週間の長い時間田舎に滞在できたので、知り合いから車を借りて、両親をお墓参りに連れて行ったりと、何やかんやで自分なりのやれることをしました。
そして、東京に戻ってきました。
7月頭からサンライズに行くために、ラストバイトも終えて、色々準備をしました。
実際、当時わたしは西荻窪に住んでおりましたので、上井草のサンライズまで自転車通いです。15分くらい走れば到着です。
ついに、サンライズに通う日にちとなりました。
まずは、上井草駅前にある本社に行って、そこから配属となる第8スタジオに行きました。
さて、ここからサンライズ時代の制作の始まりです。
担当作品は「ミスター味っ子」です。
わたしは、7月頭から参加なのですが、放送は10月からです。
つまり、あと3ヶ月しかありません。
納品は3ヶ月を切っています。
配属された当日に、制作デスクから第1話の絵コンテをもらいました。
あれ?わたしが第1話なの?と思いました。
さらに、スケジュール表ももらいました。
作画打ち合わせはここからで、撮影編集はここで、アフレコ、ダビング、納品は、と制作デスクに言われました。
さほど驚くこともなく、分かりました!と言う古里です。
日本アニメーション時代、ラストに制作していた「ミームいろいろ夢の旅」のスケジュールと変わらないので驚きもなにもありませんでした。つまり、こんなもんだよね、と思っていたのです。実質、2ヶ月半で作りましたね。
まず与えられた机に座り荷物を置いて、「ミスター味っ子」班のスタッフとクリエイターたちへの挨拶まわりです。
「ミスター味っ子」班に、先にいたスタッフは、プロデューサー、制作デスク、設定制作の女性、文芸の男性、新人制作進行の男性それぞれひとりずつ、です。
また、となりの班は「機甲戦記ドラグナー」を、作っていました。
そちらに、演出の福田己津央さんがいたんですね。
第2話の作画はグロス班で新人進行が担当です。
第3話もわたしが担当で、スタジオライブさんが作画となります。
第4話はグロス班で進行もグロス先となります。
第5話も同様です。
そして、第6話も古里です。ちなみに第6話は第1話の作画メンバーが担当するので終わり次第第6話の打ち合わせを入れていきます。
あっという間に、絵コンテ3冊。
スケジュール表とカット表が増えました。
そして、第1話の絵コンテは今川(泰宏)監督。
演出はあにまる屋の池田成さん。のちの「鎧真伝サムライトルーパー」の監督さんです。
第1話の見どころは、味皇さまが手にしたカツ丼の蓋をカパっと開けると緑色のひかりが出るシーンです。そして、カツ丼が背動でぐるぐる回ります。
これら「美味しい」を表現したシーンのことを、「トリップシーン」と呼ぶことになります。
いまならファンタジーなシーンと言うかも知れませんが、突飛なシーンでもあって、視聴者が驚いて、さらに笑って見てくれたようでした。
第6話は、ラーメン屋の親父が、「ドドンガドーン!」と言って、頭から噴火して記憶があります。これは、ラーメンが美味しいシーンだったのか?覚えていません。
とにかくあり得ない、とんでもないことが起きるお料理アニメなのです。
スケジュールが切迫している制作現場は火の車で大変でしたが、とても面白いアニメでワイワイしながらつくりました!
ちなみに、わたしが第1話でバタバタしている間に制作進行が増えてきましたので、第3話は新しく入った進行に渡しました。
7月から8月、9月と制作進行は増えました。
そして、文芸さんはアニメ業界初めての方でした。
わたしは、この坂田(義和)さんとお話するのが、とても楽しかった記憶があります。
それは、とても博識であり色々質問しても答えをくれるのです。
坂田さんは、本編のシナリオも書くこともあり、途中で文芸を辞めてシナリオライターのみの参加となりました。
現場では、設定制作が文芸も兼ねることとなり、さらに新しく設定制作がきました。
今川監督は初監督として個性豊かに絵コンテを描いていました。
美味しいお料理を食べる味皇さま!トリップしてお城を壊したり、波間を走ったりと様々な特異な行動をとるのが観る楽しみとなっておりました。
試聴率も10%超えがあったような記憶があります。
当時の山浦(栄二)社長が我々スタッフ全員をビクトリアステーション(日産工場跡地に出来たレストラン)で、ステーキをおごってくれたこと覚えております。
いま考えると、なんとアットホームなんだろう!!
そして、7月に入社したわたしは、「ミスター味っ子」では、第1、6、10、15、19、24、29、34、44話を担当して、設定制作になるのです。
ちなみに、無事に第1話初号を終えて、テレビ東京に納品しました。
そして、1987年10月8日木曜日に第1話の放送が始まります。
視聴者の皆さまはカツ丼が光るにお料理アニメを見るのです。
いまのような、SNSはありませんから視聴者の感想がすぐに分かりません。
でも、視聴率は上がっていきました。
それって、視聴者の皆さんに面白いと思ってもらえたのだろうと、ホッとした記憶があります。
古里尚丈(ふるさとなおたけ)
1961年5月3日生まれ。青森県出身。
1982年日本アニメーションに制作進行として入社。1985年スタジオ・ジブリ『天空の城ラピュタ』制作進行。1987年サンライズ入社『ミスター味っ子』『勇者シリーズ』等、制作進行・設定制作・制作デスク・APを務め『新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA』からプロデューサー就任。『星方武俠アウトロースター』『GEAR戦士電童』『出撃!マシンロボレスキュー』『舞-HiME』『舞-乙HiME』他、オリジナルアニメーションを14作企画制作。
2011年2月企画会社、株式会社おっどあいくりえいてぃぶを設立。『ファイ・ブレイン~神のパズル』や『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』で企画・プロデューサー。『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』企画協力、『グレンダイザーU』アソシエイトプロデューサーとして参加。現在、漫画原作『貴姫さまの憂鬱~あやかし探偵事件簿』をはじめ、新企画を準備中。




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