記事: 第120回:『アウトロースター、音楽プロデューサー野崎さんも新人さんでした!』
第120回:『アウトロースター、音楽プロデューサー野崎さんも新人さんでした!』
音楽プロデューサーである野崎(圭一)さんのことを書きたいと思います。
野崎さんとは、今年2026年5月にYouTube動画のコラボで約15年ぶりに会ってお話をしたのです。
お互い、似た境遇だね、となりました。
わたしは、2011年2月に起業。
野崎さんも、なんと2020年に起業していました。
コロナ禍のなかビクターエンタテインメント(フライングドッグ)を辞めていたのです。
辞めた理由も似ています。
同じ年齢もあって、似通った展開をしてるんだなって思った次第です。
と、言うことで野崎さんとやったことを思い出します。
ビクターエンタテインメントの音楽プロデューサーの野崎さんは、1996年にアニメの部署に配属されて、いくつかのアニメ音楽を経験して「アウトロースター」の音楽プロデューサーとして担当になったのです。
「アウトロースター」の前は、「マクロス7」や「逮捕しちゃうぞ」など担当しています。
しかし、改めて調べてみると、わたしがプロデューサーになったのが1995年。
野崎さんがアニメの音楽プロデューサーになったのが1996年。
そして、「アウトロースター」の音楽関係のスケジュールを考えると、1996年後半から1997年春に野崎さんに会っていると思うのです。
わたしがビクターに行って会ったのか?それとも、上井草のサンライズで会ったのか?覚えていないのです。実は、出会いから書きたかったのですが、諦めました。
5月のコラボ撮影のときに、野崎さんが話していましたが、お互いが新人だったので似たような悩みを持ちながら前に進んでいたような気がするよね、と話していました。
わたしは、「新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA」で、音楽について、色々なことを知りました。
ただし、テレビアニメ「アウトロースター」と違って、OVAだったので、音楽メニューの作り方、宣伝方法、CDなどの売り出し方など、ちょっとずつ違うのです。
互いに、諸々のテクニック、ノウハウが足りないので、右往左往していたのが事実です。
でも、新人だからこそ怖いもの知らず、互いに面白がって仕事をしていたと思うのです。
いま考えると、けっこう実験的なことをやっています。
例えば、シングルCDの表紙に、オープニングCDは、原作者であり漫画家の伊東(岳彦)さんにイラストを描いてもらうのですが、野崎さんは伊東さんの事務所に泊まり込んで上がりを待っていたんです。
わたしは、エンディング主題歌CDのイラストに、アニメ本編のエンディングのイラストを描いた田中(光)さんに描いてもらいました。
つまり、オープニング主題歌CDもエンディング主題歌CDも、どちらもアニメのセル画イラストではないのです。これはちょっと、冒険です。でも、どちらも素敵なイラストをもらいました。
だからと言うのもおかしいですが、サントラアルバムCDの表紙は、アニメのセル画イラストとして、斎藤(卓也)さんに描いてもらいました。
一番思い出すのは、そのサントラアルバムvol.2の表紙のイラストの表現です。
特殊な紙を使うことになったのです。
はだかのメルフィナが入っているシリンダー(水槽)のなかの表現として、いわゆる水のなかにいるようなエフェクト(ゆらめき)と気泡ともに色合いにブルーシルバーで少し金属的キラキラしているような特殊な紙なのです。
これは、とても、綺麗な色味の印刷でした。インクも特殊だったのかも知れません。
多分、いや絶対にお値段が高い紙だと思うのです、でも、わたしが「キラキラした感じにしたい」と我儘を言ったことに答えてくれたのです。
野崎さん、ありがとう。
ちなみに野崎さんは、伊東さんのイラスト上がり待ちをしたので、おふたりの距離が近づき仲良くなっていたのが超メリットだった気がします。
本編第23話は温泉話なのですが、そこで、「湯もみ歌」みたいな専用の音楽を野崎さんに作ってもらいました。
とても、不可思議な歌?曲?でした。どうやって作るのかがわたしには全く分かりませんが、でも、野崎さんはアニメの制作現場に答えてくれるのです。
「アウトロースター」で野崎さんと一緒に仕事をしたことで、「GEAR戦士電童」でも、組ませてもらうことになるのです。
わたしは、野崎さんとは、2作しか一緒に仕事が出来ませんでしたが、「GEAR戦士電童」の福田(己津央)監督は、「機動戦士ガンダムSEED」で野崎さんに声をかけて一緒に仕事をすることとなったようです。5月のコラボのときに、古里さんと「アウトロースター」をやっていないと、「GEAR戦士電童」から「機動戦士ガンダムSEED」につながっていなかったと話していました。
野崎さんは、「機動戦士ガンダムSEED」のBGM、エンディング主題歌を担当しています。
挿入歌やSee-Saw曲「あんなに一緒だったのに」等のヒット作を世に出しました。これらも、すべて野崎さんのセンスの良さからだし、野崎さんの人柄が生み出してものだと思うのです。
思い出しました、「アウトロースター」でも野崎さんとキャラソンを作ったことを思い出します。
ジーンが歌うとして、どんな曲?と野崎さんに問われました。
わたしは、アナログ的サウンドのロックで、「甲斐バンド」の『漂泊者(アウトロー)』『裏切りの街角』『HERO(ヒーローになる時、それは今)』のイメージです、と伝えました。
特に、アニメタイトルと同じ『漂泊者(アウトロー)』はノリが近い気がしましたね。
わたしの意見を聞いた野崎さんは、「わかった、それなら行ける」と言って、作詞&作曲を進めました。当時のわたしは、シンセなどのテンポの早いカッコいい曲より、少し泥臭さのある「甲斐バンド」の歌が好きだったのです。
でも、あの時期、小室哲哉さんの歌が世の中を席巻し、わたしも、次の「星方天使エンジェルリンクス」の音楽は、ダンスミュージック風で攻めたのです。
野崎さんとは、「GEAR戦士電童」でも、CDドラマなどでは、色々新しいことに挑戦させてくれました。それこそ、3人組のアイドルグループ「C-DRiVE」の歌2曲も野崎さんがOKを出してくれたらから作れましたし、その流れで「舞-HiME」が生まれたことを考えると、感謝しかありません。
実は、わたしと野崎さんは同年齢なのです。
誕生月のことがありますが、互いに65歳です。
今後、ふたりで新しい仕事をやれるのか?ではありますが、そんなチャンスが来たら、めっちゃ頑張ります。
YouTube動画のコラボで久しぶりに会って、色々お話が出来て、本当に楽しかったです。
「出会い」って大切だなって思います。
もしかすると、「出会い」は「種」であり、「種」から「芽」が出て、葉っぱにお日様があたり、お水や肥料をやることで、どんな「花」を咲くのか?になると思うのです。
「出会い」があって、そこから生まれる「未来」は、超楽しみですね!!
1961年5月3日生まれ。青森県出身。
1982年日本アニメーションに制作進行として入社。1985年スタジオ・ジブリ『天空の城ラピュタ』制作進行。1987年サンライズ入社『ミスター味っ子』『勇者シリーズ』等、制作進行・設定制作・制作デスク・APを務め『新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA』からプロデューサー就任。『星方武俠アウトロースター』『GEAR戦士電童』『出撃!マシンロボレスキュー』『舞-HiME』『舞-乙HiME』他、オリジナルアニメーションを14作企画制作。
2011年2月企画会社、株式会社おっどあいくりえいてぃぶを設立。『ファイ・ブレイン~神のパズル』や『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』で企画・プロデューサー。『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』企画協力。2024年5月から『ふるさとPアニメ道』ブログ&YouTube動画配信中。2026年3月末からコミックノーラにて「貴姫さまの憂鬱~あやかし探偵事件簿」連載中。



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