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記事: 第98回:「日本アニメーション、超能力者のヒーロー『ロック』が大好きなわたしです」

第98回:「日本アニメーション、超能力者のヒーロー『ロック』が大好きなわたしです」

「ふるさとPアニメ道」からルーツと言うか原点のお話、日本アニメーションでの出来事です。

わたしは、「不思議の国のアリス」の制作途中で班が変わりました。

 

劇場版「超人ロック 魔女の世紀(ミレニアム)」の制作班に異動しました。

「不思議の国のアリス」を2本担当したくらいの時期だったと思います。

制作部にいる偉い人に呼ばれました。

そこでは、ニコニコ笑顔の偉い人「古里くんは、次は劇場版の超人ロックの進行ね」と言うのです。

 

さて、いままではなるべく名前を書いてきたのですが、今回はさすがに古すぎて誰に呼ばれたのか?が思い出せないのです。

担当プロデューサーだったのか?部長さんだったのか?なのです。

よって、偉い人と書きました。

 

聞いたわたしは、「え!?」と一瞬目の前が白くなりました。

全く考えたこともないことでした。

当時は、仕事について半年にも満たない時期です。

大人社会のこと、会社のこと、業務のこと、仕事のこと、と、なにも知らない「若造」です。

びっくりしたと言うより、脳が理解できないのです。

 

でも、少しずつ状況がわかってきました。

わたしは、少し前に「超人ロック」のパイロットフィルムの制作を手伝っていましたので、さもありなん、なのです。

 

このパイロットフィルムとは、当時日本アニメーションでは、いくつかの新作のアニメを作る前に、510分程度のアニメを作っていました。

原作物であってもオリジナルであっても、放送局やスポンサーに「この作品はこんなアニメになります」と、色が着いて動いて声や音楽も効果音もあるのですから、色々訴求力があります。

当時は、まだ、「鉄腕アトム」が始まってから、まだ20年と少しくらいしか経っていないのです。

ですので、各会社の4050代の方々にアニメ化を判断してもらうには、見てもらうしかないのです。

だから、あえてパイロットフィルムを作ることになります。

 

そこで、制作体制の状況により、各デザインや色味が仮だったりします。声が違うこともあります。またキャラクターデザインが違う大きな理由として、メインスタッフが違っていることも多いのです。

わたしの記憶だと、「不思議の国のアリス」もパイロットフィルムがありました。これも、キャラクターデザインが全く違っていたと記憶しています。

 

さらに、テレビアニメ「へーい!ブンブー」「宇宙船サジタリウス」などもパイロットフィルムを制作していました。

 

劇場版「超人ロック」のパイロットフィルムも映画版とスタッフが違います。

と言う流れがあったので、自分がやることになったのかしら?と考えました。

若かったあの頃のわたしが「アリスを最後までやりたいです。だから……」と言って断れるわけもなく、やることになりました。

 

実は、漫画「超人ロック」は中学生くらいから知っていました。

さらに、「超電磁マシーンボルテスV」「闘将ダイモス」のキャラクター原案が「聖悠紀」さんが担当していることなどもすでに知っていたのです。

 

わたしは、聖悠紀さんが同人誌時代に描いていた「超人ロック」のシリーズとして、「ニンバスと負の世界」「新世界戦隊」「コズミックゲーム」など読んでいたのです。

少年キングで連載する前の、「超人ロック」シリーズのいくつかの漫画を知っていました。

そして、少年キングで連載が始まってからのシリーズも読んでおりましたので、「魔女の世紀(ミレニアム)」もきちんと読んでいました。

 

「西のスターシマック」、「東の超人ロック」と呼ばれて、東西の超能力者が活躍する同人漫画があることを、中学生くらいから知っていました。20代になってから「シマック」の漫画も読みました。と、言うように、わたしはSF漫画ファンを自認する薄めのマニアだったのです。

 

個人的に好きで読んでいた「超人ロック」のアニメの制作進行になれるわけですから、12週間経って色々考えると「これはこれで良いか」となるのです。

 

まず制作進行として「超人ロック」班に配属されるのですが、場所は「不思議の国のアリス」班と同じ部屋ですし、事務机が少し離れただけでした。

 

ただ一番つらかったのは、わたしひとりしかいなかったことです。

制作デスクがいません。

先輩も後輩も、同僚もいないのです。

 

これが、一番「え?」でした。

 

さすがに、制作デスクがいないのは「ヤバい」と思ったのです。

「制作スケジュールを考えてね、スタッフ集めもしてね、など色々古里くんやってね」とプロデューサーが言うのです。

わたしは、まだ制作進行になって、テレビアニメ2本担当しただけで、スタッフ集めなどやったことのないド新人なのです。

 

特に、原画マンを集める!なんて、どうやってやるの?です。

早くデスクが来て欲しいと祈りました。

 

そして、プロデューサーに最初に紹介されたスタッフは、監督とキャラクターデザイナーです。

 

監督は「福富(博)」さんです。

当時、「怪物くん(1980年版)」「プロゴルファー猿」などの監督をやっていました。

元々アニメーターだったと教えてもらいました。

さらに、原画や動画のことをどうやって覚えたか?を教えてもらったのです。

福富さんが新人時代、波を描くのにどうすれば良いのか?と考えた結果、海に行って何時間もずっと波を見たそうです。

見て、覚えて、紙に描くことを繰り返したとのことでした。

わたしは、シンプルに凄いと思ったのです。

 

いまになると、覚えるための本質を教えてもらったと思います。

見て、見て、見て、考える、そして、自分の手を動かして紙に絵を描く、それを繰り返すとは、地味でつらいと思うのですが、身体に頭に染み込ませることの大切さを言われたのです。

でも、わたしは、単にすごいって思うだけでした。

 

福富さん、せっかく教えをいただいたのに、すぐに活かせず、いまも活かせていない気もします。本当に恐縮至極です。

 

次、演出をどうやって覚えたのか?も教えてもらいました。

福富さんが若者だった頃、まだビデオがありませんでした。

だから、映画館で映画を何度も観たそうです。

そして、帰宅してから、映画を思い出して絵コンテを描いたと話しておりました。

監督の大阪弁が懐かしいです。

 

キャラクターデザイン・作画監督は「白梅(進)」さんです。

前話数の原稿で書いた「不思議の国のアリス」のキャラクターデザインの熊田(勇)さんの会社スタジオアローに白梅さんも所属していました。

だから、スタジオアローに行くと白梅さんも「白くまくん」のコマーシャルのアニメ作りをやっていたことを思い出します。

 

あと、白梅さんのことでは、アニメ誌のインタビューで何故かわたしがおじゃま虫で白梅さんの隣にいるのです。

インタビューを受けているのは白梅さんです。

わたしは、ただその隣にいるだけです。しかし、わたしは何故、どうしてそこにいたのだろう??きっと白梅さんが「古里さん来て」と、呼んだとは思いますが、それにしても不可思議です。そうなんです、白梅さんは、わたしのことを「古里さん」と呼ぶのです。

 

正直わたしは、「古里くん」と呼んで欲しいとお願いするのですが、年齢に関係なく、先輩後輩に関係なくすべての方に「さん」を付けて呼ぶのがポリシーなので、変えないと言われました。

そこで、その理由を聞きました。

 

白梅さんの返答はシンプルで、相手が自分より年上か年下かを考えなくて良いからね、と言うのです。続けて、間違ったら嫌でしょ、と言うのです。

なるほど、と考えているいま、わたし自身もなるべく「さん」付けで呼ぶように心がけております。

でも、昔から知っている若い方には、「くん」で呼んだりはしてしまいます。

人間が出来ていないと思うばかりです。

 

あと、白梅さんはとてもハンサムでした。

その、数年後メカデザイナーの大河原さんに会ったとき、白梅さんのことふと思い出したのです。そうなのです。白梅さんと大河原さんの共通項は役者さんのようなハンサムボーイだなあって思うのです。

 

このハンサムボーイと言う言い回し、昭和テイストですよね。でも、ここがツボなのです。

 

脚本はすでに出来ていたと思いますので、脚本家さんには会っていません。

 

美術監督の「金箱(良成)」さん。記憶違いだと問題ですが、画家のアンドリュー・ワイエスの絵のような乾いた感じのボードを描いていた事を思い出します。

当時の背景は、画用紙にポスターカラーで描くのですが、このポスターカラーでまるでガッシュとか油絵のような絵を描けるのが不思議でたまりませんでした。

 

金箱さんに画集を見せてもらったのですが、この画集の画家名が間違っていないことを願うばかりです。

 

録音監督は「藤野(貞義)」さん。

わたしにとって、藤野さんは「新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA」で出会うのですが、なんとわたしがド新人時代にニアミスしていたのです。

わたしは、アフレコもダビングにも行っておりません。

でも、音響会社にラッシュを持って行っていたのでニアミスなのです。

あと、藤野さんが音響打ち合わせで日本アニメーションに来ていたのかも知れません。

 

他に思い出すスタッフは、レイアウト・原画の「木上(益治)」さんです。

とにかく手が早い。

そして、レイアウトも原画も上手。

さらに、優しくて新人のわたしにも対等に接してくれます。

 

レイアウト作業が終わり、原画を描くことになったのですが、1カット100枚超えの原画が上がってきました。それも、数カットと立て続けに上がるのです。

 

内容は、超能力者が通路を走っていくと敵が何人も現れます。超能力者目線でカメラが動いていきます。そして、現れた兵士は銃を撃ってきますが、そのなかを超能力を使うと兵士たちがどんどん倒されていくのです。

つまり、背動で兵士が数人出ては倒される。それも、兵士も都度キャラが変わりますし、倒され方も変わるのです。エフェクトもあります。

 

原画をもらったわたしは何度もパラパラしました。なんで、このような原画を描けるのか?

不思議でなりません。でも、一番の不思議は、その原画を23日で描き上げてくるのです。

わたしの知っているアニメーターさんのなかでも、スーパーアニメーターのひとりです。

 

1ヶ月2ヶ月と経って、スタジオにスタッフが揃っていきます。

わたしひとりだったのですが、制作進行も増えて行きますし、ついに、制作デスクも加わりました。

 

「ほっ」とするわたしでした。

 

 

 

 

古里尚丈(ふるさとなおたけ)

196153日生まれ。青森県出身。

1982年日本アニメーションに制作進行として入社。1985年スタジオ・ジブリ『天空の城ラピュタ』制作進行。1987年サンライズ入社『ミスター味っ子』『勇者シリーズ』等、制作進行・設定制作・制作デスク・APを務め『新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA』からプロデューサー就任。『星方武俠アウトロースター』『GEAR戦士電童』『出撃!マシンロボレスキュー』『舞-HiME』『舞-HiME』他、オリジナルアニメーションを14作企画制作。

20112月企画会社、株式会社おっどあいくりえいてぃぶを設立。『ファイ・ブレイン~神のパズル』や『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』で企画・プロデューサー。『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』企画協力、『グレンダイザーU』アソシエイトプロデューサーとして参加。現在、漫画原作、新企画を準備中。

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