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記事: 第99回:「日本アニメーション、劇場版『超人ロック』の制作はめちゃ大変!!」

第99回:「日本アニメーション、劇場版『超人ロック』の制作はめちゃ大変!!」

劇場版「超人ロック」の制作進行になりましたの後編です。

前回は、メインスタッフのことを書きました。

 

今回は、ちょっとヘビーなことも書きます。

わたしは、1982年夏前くらいに「超人ロック班」に異動したのですが、スケジュールがタイトでした。

上映日は、次の年の1983311日です。

すでに、1年切っていました。

 

そこで、新しいクリエイターさんたちが入ってきます。

 

美術監督の補佐、色指定、アニメーターさんたちです。

わたししかいなかった制作進行も増えていきます。

そして、制作デスクも入ってきました。

TV版「超時空要塞マクロス」の制作をやった方でした。

背景会社にアートランドさんが加わりました。

など、外の関連会社も決まっていきました。

動画、仕上げに「AIC」さんが加わってくれました。

 

わたしが、声をかけた原画マンも若干名います。

入社して半年くらいのド新人進行に原画マンをさがせ!は酷な話しです。

でも、一生懸命に声をかけてやってもらえるようになりました。

 

福富監督の絵コンテもどんどん描き上がってきます。

次々と作画打ち合わせをします。

 

さて、どんどん忙しくなっていくわけですが、わたしも家に帰れるタイミングがだんだんなくなっていきます。

そうなのです。

当時、あくまでも当時のことです。

 

入社前に社内を案内してもらったときに見た「仮眠室」と「シャワールーム」「洗濯機」がある意味がわかるんです。

日々帰れない進行、アニメーター、演出家さんたちが寝泊まりし、シャワーを浴び、洗濯もするってことです。

わたしは、「不思議の国のアリス」班のときは、それなりに帰宅できていました。

でも、「超人ロック」班になってから、帰れなくなっていくのです。

そこで、仮眠室に泊まることになるます。

 

さて、1982年秋頃だったでしょうか?

大事件が起きます。

仮眠室が足りなくなったのです。

 

そこで、日本アニメーションの建物の奥の方に2階建ての建物があって、そこの2階のスペースが広くあったのです。まだ何も使っていない部屋でした。

なんと、そこにレンタルの布団を何セットも用意して、仮眠室に変貌しました。

10組以上あったと思います。

通常の仮眠室は、二段ベッドが4つくらいあったと思います。

ですから、トータル8人くらい寝ることができます。

さらに、布団がある仮眠室ができたので、そこに寝泊まりできるようになりました。

 

わたしは色々考えて、自分のアパートから、敷き布団と掛ふとんなど1セット持ってきたのです。そして、紙に大きく「この布団は古里の私物です」と書いて置きました。

正直、そんな紙に書いていることなどお構いなく誰かが寝ていることが多くありました。

「もう勘弁してよ」といつも思いましたね。

 

さらに、洗濯機も活用していましたし、外のコインランドリーも使いました。

秋から冬に衣替えに久しぶりにアパートに帰ったこともありますが、数時間しかいませんでした。

 

実際、何日も帰れないので、夜の外注回りのときに、アパートに寄って火事になっていない、泥棒が入っていない、他にトラブルがないか?と確認していました。

そこで、洋服を持って行くこともありました。

 

あと、食事について、日本アニメーションは夜作業のスタッフ用にお弁当を用意してくれたのです。30個くらい用意していたと思います。

夕方にお弁当屋さんが到着して、たくさんお弁当の入った大きな容器を置いていきます。

それを、進行は我先と奪い取るようにしてゲットするのです。

アニメーター、演出家、進行他のメンバーで朝まで仕事する人数分お弁当ゲットするわけです。

取り損なうと、先輩にネチネチ怒られました。

まあ、食い物の恨みは怖ってことですね。

でも、このお弁当があったので、お給料が安くても健康でいられたのは事実だと思います。

 

あと、土日曜日、祝日に出勤し作業をしているスタッフには、ほっかほっか亭のお弁当など仮払いで買ってきて食べたのです。

わたしは、唐揚げ弁当が好きでした。

ちなみに、ほっともっとの前身が「ほっかほっか亭」です。進行は車を出して、買いに行ったものです。1020個買うので、電話で予約して時間に行くシステムでした。

いまみたいにネットなどありませんから、電話になりますね。

 

いま思い出しても、仕出し屋さんのお弁当には2年間大変お世話になりました。

感謝です。

 

お弁当の蓋をカパッと開けたときの楽しみは、2122歳のわたしにとって、めちゃくちゃ幸せでした。あの頃、お小遣いも少ないのでお弁当が食べることが出来るのは、ある意味生きてるって感じでした。

 

ふと思うのですが、若い頃って、普段食べたことのないちょっと値段の高い食べ物を口にすると、マジに幸せだなって思えるんですね。

「幸せ」と思える沸点が低いのです。

だんだん美味しい味を知ってくると、沸点が高くなっていくので、本来美味しくても、こんなもんかな?になります。

 

若かったあの頃、初めて食べることの喜びってとても大切で幸せなことなんだって思うのです。

 

さて、スケジュールがどんどんなくなっていきます。

わたしのような新人進行にも、「このままではヤバい」と、予想がつきます。

 

テコ入れで進行も増えました。

他に、色々なセクションにスタッフが増えていきます。

 

原画がどんどん上がってくるのですが、白梅(進)さんだけでの作画監督作業では間に合いません。ここでも作画監督補佐が増えました。わたしが声をかけたアニメーターさんにも作画監督補佐をやってもらうことになりました。

 

動画も普段日本アニメーションが頼まないような会社にも電話をして、頼み込みました。

背景もアートランド以外の会社にも頼んでいきました。

セル仕上げ(セルに色を塗る仕事)もたくさんの仕上げ会社さんに電話をして頼みました。

 

そして、上がりを撮影して行き編集し、ラスト初号、納品のタイミングになるのです。

 

わたしは、ラストの日。撮影のトランスアーツさんでギリギリまでねばって、リテーク直しをして撮影をしてもらいました。

これで、透過光マスクが反対なのを直せる。

ミルクとコーヒーの色が間違っているのも直せる。

背景の天地が逆さまを直せる、と思って東京現像所に撮影済のフィルムを持ち込みました。

 

玄関に入ると、制作スタッフも東京現像所スタッフもバタバタしていました。

そこで、上司であるプロデューサーにフィルムを渡して、これを現像して差し替えしてください、とお願いしました。

 

「分かった」と言ってくれるのですが、わたしもその状況を見て分かります。

表情が物語っています。

 

せっかく持ってきたけど、無理なんだって直感しました。

 

プロデューサーは、「疲れているだろう?そこで座って待っていろ」と言うのです。

深夜に初号をして、明日からプリントを焼くスケジュールなのです。

 

映画館の館数の分、プリントを用意して各映画館に持っていき上映となります。

 

ソファで少し寝たと思うのですが、プロデューサーに起こされました。

いまから、初号をやると言うのです。

夜中の何時だったのでしょう?さすがに覚えていません。

試写室のなかで、初号を観ました。

わたしの心のなかでは、夕方までがんばって直して撮影したフィルムが差し替わっていない、あそこもここもリテークが残っている……と。

 

一生懸命にがんばって作業をしたスタッフのことを思うと、悲しかったです。

 

と、この原稿を書いていても思い出しますが、リテークを差し替えたかったです。

数日後、わたし映画館に行って観ました。

 

やはり、リテークは直っていません。

制作進行の2年目に入っていましたが、わたしとしては、辛い記憶として残っています。

 

と、ネガティブなことはあるのですが、でも、やはり「超人ロック」は好きな漫画です。

 

当時まだ新人だった声優の難波圭一さんの声は、わたしにとって、これはロックの声だ!って思わせたのです。

好きな声でした。

ヤマキ長官の安原義人さんもバッチリでした。

コーネリアの藤田淑子さんは、わたしにとって、「一休さん」の少年役、「マライヒ」役の美少年役などの記憶があって、カッコいい女性役はハマっておりました。

そして、レディーカーンの中西妙子さんの声は、威厳と怖さのある素敵な声でした。

声優さんたちの声は、どの方も、イメージが違うなって思うことはありませんでした。

 

そして、色指定の大田さんなど、少しだけお兄さんたちに可愛がってもらえたなってことを思い出します。随分会えていないのがとても残念です。

 

次回、第100回目は、日本アニメーション時代、「ミーム色々夢の旅」班のお話です。

この作品をやって退職するのですが、でもやはりわたしにとって日本アニメーションが「アニメ道」のルーツなんだと改めて思います。

 

 

 

告知です。

「ふるさとP」が企画・原作をやっている漫画連載のことです。

 

 

タイトル 【貴姫さまの憂鬱~あやかし探偵事件簿~】

 

あらすじ

不老不死の生命を得た貴姫(きひ)は、

現代の京都で失くしものさがし人専門の「あやかし探偵業」を営んでいる。

事件の謎を解き、真実の愛をさがす恋愛慕情ミステリー。

 

スタッフ

キャラクター原案(貴姫):いのまたむつみ

原作:古里尚丈(おっどあいくりえいてぃぶ)

脚本:田中豪

漫画:氷栗優

 

Gakken発エンタメ漫画サイト

『コミックノーラ』にて、新連載スタート!

2026326日より連載開始(予定)!

 

★コミックノーラ★

https://nora.gakken.jp/

 

 

古里尚丈(ふるさとなおたけ)

196153日生まれ。青森県出身。

1982年日本アニメーションに制作進行として入社。1985年スタジオ・ジブリ『天空の城ラピュタ』制作進行。1987年サンライズ入社『ミスター味っ子』『勇者シリーズ』等、制作進行・設定制作・制作デスク・APを務め『新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA』からプロデューサー就任。『星方武俠アウトロースター』『GEAR戦士電童』『出撃!マシンロボレスキュー』『舞-HiME』『舞-HiME』他、オリジナルアニメーションを14作企画制作。

20112月企画会社、株式会社おっどあいくりえいてぃぶを設立。『ファイ・ブレイン~神のパズル』や『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』で企画・プロデューサー。『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』企画協力、『グレンダイザーU』アソシエイトプロデューサーとして参加。現在、漫画原作、新企画を準備中。

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